So-net無料ブログ作成

菜奈ちゃん 放課後ティータイム 9/1 夜につぶやかれている言葉 [つぶやきワード]


おすすめトレンド調査、127日目の夜です。

きょうは9月1日です。
皆さん、いかがお過ごしでしょうか。
それではきょうもツイッターでつぶやかれている言葉で一日を振り返ってみましょう。

2019年9月1日、22時すぎに、ツイッターでつぶやかれているワードを紹介していきます。

多くツイートされているワードはこちら。。


1. 菜奈ちゃん
2. 放課後ティータイム
3. #ななにー
4. BOOWY
5. #ノーサイドゲーム
6. #桜井玲香
7. #melody_flag
8. ハム太郎
9. #ももクロ仕立て

いくつかのツイートを紹介します。


4.
BOOWY





7.
#melody_flag





本日も面白かったですね。
明日もお待ちしています。


・昨日のツイートランキング
#nhkらじらー #嵐にしやがれ 8/31 夜につぶやかれている言葉


・約1ヶ月前のツイートランキング
セクシータイム #マツコの知らない世界 7/30 夜につぶやかれている言葉


273718 - コピー.jpg

nice!(176)  コメント(0) 

霜降り明星、過去の半生を語った笑いと感動の東京タワーの階段 [テレビ]

実は私はお笑いが大好きで、よく見ます。

ネタを見るのももちろん大好きですが、そんなおもしろい芸人さんたちがどうやって今の成功に至ったのか、芸人さん自身の来歴や人物像を知ることも好きです。

今回は、今一番の実力を持つ若手芸人コンビ、「霜降り明星」の生い立ちと、現在までの略歴をまとめたいと思います。

霜降り明星と言えば、ボケのせいやさんとツッコミの粗品さんの同級生コンビ。

2018年12月にコンビでM-1グランプリ優勝、2019年3月にはコンピの一人である粗品さんがR-1ぐらんぷりに優勝と、確かな実力でお笑い界を席巻しています。

そんな二人の全国放送初冠番組が「霜降りバラエティ」!
木曜日の深夜(時間は日付が変わって金曜日)に放送されています。


2019年6月21日、7月5日の2回に渡る放送は、「東京タワーを階段でのぼろう!」という企画。

しかし、ただ登るのではなく、東京タワーの600段の階段をこれまでの人生に例え、二人で上がりながらこれまでの人生を振り返るものでした。

学校でのいじめを笑いの力で克服しての映画のような結末、漫画のように電撃的な二人の出会い、芸人となる決意や下積みの日々など、とてもおもしろい内容でした。

人気芸人となった二人の青春時代や絆の原点を知ることができる、笑いあり感動ありの内容だったので、まとめてみたいと思います。

霜降り明星の半生の階段はこちらのように分けられていました。

●0~100段 小~中学時代
●100~200段 高校時代
●200~300段 大学~芸人デビュー
●300~400段 大阪 若手時代 暗黒期
●400~500段 大阪 若手賞レース席巻期
●500~600段 現在


shimovara.jpg

霜降りバラエティ(毎週木曜 深夜25時59分~)
https://www.tv-asahi.co.jp/shimovara/#/?category=variety



●0~100段 小~中学時代

小学生時代の二人はどんな少年だったのか。

また二人は会っていませんので、お互いがどんな小学生だったかはよく知らないようでした。
二人とも大阪の小学校で既にお笑いセンスの片鱗を見せ、人気者だったようです。

せいやさんは、小学校にお笑いクラブがあり、先生が毎日お題を出して「おもしろボックス」に生徒が回答を入れ、一番おもしろい回答を選ぶという活動をしていました。

せいやさんはそんなお笑いクラブのエースだったとのこと。
さらに、お笑いクラブから4年生のときにNHKのお笑い番組に出演し、2000人のお客さんの前に早くも漫才を披露したそうです。
そのときのコンビ名は「中島ミート」。
今のコンビ名「霜降り明星」の霜降りも肉関連ということで、当時から肉には縁があるようですね。

そのときせいやさんがやっていたギャグが、
「つばをペッペッペペペ ペ・ヨンジュン」
「パイパイポ~」
というものだそうです。

粗品さんには「おもんないな」と突っ込まれていましたが、小学生にはうけそうですね(笑)
実際にせいやさんの小学校では大流行していたそうですから、相当な人気者だったのでしょうね~。


話は、中学時代に好きだったお笑い番組へ。

やはり一番は、M-1グランプリ。

せいやさんの当時のクリスマスプレゼントはM-1のDVDでしたが、ますだおかだが優勝した2002年が抜けていてお母さんと喧嘩した思い出があるそうです(笑)

もうひとつは、当時大人気だった「エンタの神様」。

お気に入りは実力派のアンジャッシュだったそうです。

当時一世を風靡した波多陽区さんのモノマネ「せい陽区」を披露したせいやさん。
後輩のゆりやんレトリィバァをいじった完璧なネタを披露しました。

さらに粗品さんは、小梅太夫さんのモノマネ「粗しめ太夫」を披露。
最近の小梅太夫さん自身のネタは意味不明なものが多いですが、(笑)
粗しめ太夫のネタは意味のわかるハイクオリティなものでした。



●100~200段 高校時代

2人の出会いが、この高校時代。

ハイスクールマンザイという高校生のお笑い大会での電撃的な出会いを鮮明に覚えているそうです。

ハイスクールマンザイ2009に「スペード」というコンビで出場した粗品さんは見事優勝。
せいやさんはそれをテレビで見ていたそうです。
その優勝を見て、「粗品を倒したい」という想いを抱いたせいやさん。
「ドンパルトン」というコンビを結成し、翌年の大会に出場します。

ハイスクールマンザイ2010の地区予選で40組のコンビが出場した中、せいやさんのコンビは優勝。
表彰式で祝福されるドンパルドンの二人に対して、悔しかった粗品さんは「おもんないぞー!」とヤジを飛ばしたそうです。

これが初めての二人の接触。

粗品さんが自分のネタに絡めて「ガチ野党やん」といっていましたね(笑)


優勝は「ドンパルトン」でしたが、粗品さんの「スペード」も審査を通過し、二人は全国大会で再会します。

「ドンパルトン」の漫才を見た粗品さんは素直に面白いと思い、
ネタのつかみに対して「あれおもろいなあ」とせいやさんに話しかけます。

これが二人の初めての会話でした。

このときの粗品さんの用件は、なんと自分の運営している大喜利サイトにせいやさんを誘うこと。
そのサイトにはパーマ大佐も参加していたそうです。
高校生でお笑いサイトとはすごいですね。



さらに次の冬、お笑いインターハイ2011で再開した二人。

こちらの大会でも、お笑いインターハイ2010で粗品さんがピン芸人として優勝しており、ディフェンディングチャンピオンの立場です。

それに触発されたせいやさんもピンで参加することを決意。

見事二人はそろって大阪代表となり、東京へ。

粗品さんは、せいやさんのピンネタを見て衝撃を受けます。
「同年代にこんなおもろいやつがおるんや」と思い、
ついに粗品さんはせいやさんに「コンビ組もう」と声を掛けました。

驚いたせいやさんはそのときは断りましたが、結局その2年後に二人はコンビを組むことになるのです。



このように高校3年生で既に芸人としての頭角を現していた二人ですが、
実はせいやさんのそれまでの高校生活は決して簡単なものではなかったのです。

中学校まで人気者だったせいやさんでしたが、高校でいきなり笑いを取りにいったせいやさんに対して周りは戸惑い、いじめっこグループに目を付けられてしまいます。

机を裏返される、南京錠で殴られる、掃除箱に入れて倒されて放置など、
いじめの対象となってしまうのです。

そんな壮絶ないじめにも持前の明るさでリアクションをとり、笑いを取りに行っていたせいやさんでしたが、全く受けない。

ストレスで抜け毛に悩まされるまでになってしまいます。
そのことでつけられたあだ名は、ドラゴンボールの「フリーザ」。
それにすらも、フリーザのモノマネで返していたせいやさん。

そんな酷い学生生活が変わったきっかけは文化祭。
イジメの一環で文化祭の劇を一人で書くように言われたせいやさん。
お笑いのネタはずっと書いてきたせいやさんは奮起し、「リアル桃太郎」というコント劇を書きあげます。

それをクラスで発表したとき、初めて大きくウケます。
順序だてて説明したことで、せいやさんの笑いが理解されたのです。
せいやさん主導でその劇を完成させた結果、学校で一番大きな賞を受賞するのでした。

文化祭本番で劇を披露した際には、会場に石川コール(せいやさんの名字)が鳴り響きます。
その壇上で、

僕、いじめ跳ね返しました、お笑いで!」と叫ぶと、

「オオー!」という歓声が湧き起ったそうです。

まさに、笑いでいじめを克服した、映画のようなエピソードですね。
(映画化できるのでは。。。?)



東京タワーから、高校時代の自分へメッセージを叫ぶことになり、
「ボケ抜きで真面目なやつ」と粗品さんがリクエスト。

そこでせいやさんが叫んだのは、、

おーい、明るく振舞って、ギャグとか全部返して、
 頭ハゲるぐらいギリギリで、陰で泣いてた俺ー!

今全部エピソードトークにしてるからなー!


いつもおどけているせいやさんですが、こんな背景を持っていたんですね。。。
それを乗り越えて、全国に笑いを届ける姿は、本当にかっこいいですね。



ここまでが6月21日の前編。

ここから二人はコンビを組んで、お笑い芸人としての成功に向かって行くわけですね。

若くして成功を掴んだ二人ですが、学生時代の壮絶な経験やお笑いへの意思が、今の能力や人間性につながっているのだと感じられました。



●200~300段 大学~芸人デビュー

さて、後半7月5日の放送は大学時代から。

せいやさんは近畿大学、粗品さんは同志社大学へ。

粗品さんは芸人になるために大学を中退。
以外にも親には反対されず、好きなことならと後押しされたのだそうです。

一方のせいやさんは観光研究部のサークル活動に熱中します。

活動は楽しかったようで、乳首から毛が生えているから「じじい」というあだ名をつけられ、
面白エピソードを話そうとしていましたが、
粗品さんから「しょーもない」と一蹴されていましたね(笑)

大学は違っても交流は続いていて、大学一年生のときには、
粗品さんが主催しているお笑いライブに出演し、二人で漫才を披露していました。

そこで粗品さんから正式にお笑い芸人になることを誘われます。

しかし、せいやさんは本気で芸人を目指す気はなく、断ります。

一方、粗品さんはピン芸人として吉本のオーディションに合格して芸人の道へ。

その後も粗品さんはせいやさんを口説き続けます。

次第にせいやさんも本気で考え始め、ついに芸人になることを決意。

ちょうどそのころ、粗品さんはオールザッツ漫才で優勝。
これがピンとして最後の仕事だったといいます。

それをテレビで見ていたせいやさんは、
プレッシャーから一人で自転車を漕いで山を登ったそうです。

粗品さんは優勝インタビューで、
今は未成年でパジャマ(の衣装)でピン芸人としてやっているけれど、
 成人したらスーツを着て漫才をしたい
と答えます。

すると会場には変な空気が。。。
司会をしていた笑い飯の哲夫さんも、「優勝したんだからピンでもっと頑張ったらいいのに」と言っていましたね。

実はこれが、せいやさんに向けたメッセージだったのです。



●300~400段 大阪 若手時代 暗黒期(2013年~2016年)

テーマは「あのときはしんどかったなぁと思うこと」。

しかし、始めの数年は辛いことばかりだったそうです。

その原因は、霜降り明星を正式に結成した時の風当たりの強さ
特にせいやさんへの懐疑的な視線はつらかったと言います。

オールザッツ漫才にピン芸人として優勝した粗品さんがなぜ素人と組むのか。

ネタも受けず、せいやさんは恐怖感のあった先輩芸人たちから逃げるように過ごしていたそうです。

次第に「芸人に向いてない」「芸人辞めたい」と思うようになったせいやさん。

せいやさんのおもしろさに絶対の信頼があった粗品さんは
「こいつらわかってないな」と思っていたそうです。

霜降り明星は漫才の出囃子にビートルズの「Help」を使っていますが、
これは当時の心の叫びから選曲していたのです。


そんな苦境に光が見え始めたのは、2014年。

THE MANZAI 2014で認定漫才師、いわばセミファイナリストに初めて選出されます。
それも、大阪予選で2位となり、決勝進出は目前でした。

しかし、このとき大阪と東京で準決勝に出場することができましたが、
マネージャーさんのミスで東京のみの出場となり、落選。

2人は相当ショックだったらしく、反動でボケとツッコミを入れ替えたそうです。

そのときの漫才は「やばかった(酷かった)」と振り返っていました(笑)



●400~500段 大阪 若手賞レース席巻期(2017年~2019年)

初めての優勝が2017年7月のABCお笑いグランプリ

このときは嬉しさというよりも、コンビとして認められた安堵感からぼろ泣きしたそうです。

そしてそこから2年間で8つものタイトルを獲得。

M-1グランプリ2018では史上最年少王者となり、一躍有名芸人となりました。

それでも一番の思い出はABCで、これが全ての始まりだったと言います。



●500~600段 現在


そして初心に帰るために、階段の踊り場にはせいやさんが
大阪時代(半年前)まで使っていた布団が(笑)

大阪では仲間の芸人と同居し、一畳一万円で生活していました。

せいやさんが東京に進出するその夜、芸人仲間たちからのメッセージをもらい
涙するせいやさんの映像もありました。

ヒガシ逢ウサカの今井さんも同期ということで、ビデオに出ていました。



そしていよいよ600段のゴール!

東京タワーのメインデッキで固い握手を交わした二人でした。



●まとめ

まだ20代の二人ですが、様々な経験をしてきたことでおもしろさにつながっているように感じました。

せいやさんが高校でのイジメを笑いで跳ね返した話は、誰にでもできることではありませんが、当時の自分へのメッセージは、人を勇気づけるものだったと思います。

粗品さんが高校時代に既にお笑い賞レースを総なめにして、自身の大喜利サイトを運営していたなどのエピソードは流石という感じでしたね。


せいやさんが言い始めたとされる「お笑い第七世代」。
ウィキペディアの記事によると、霜降り明星に代表されるようなお笑い第七世代は、
ダウンタウンの影響を強く受けていない世代なのだとあります。

今に至るまで、長くお笑い界のトップに立ち続けるダウンタウン。

霜降り明星は、その座を引き継ぐ存在になれるのかもしれません。

現在の群雄割拠のお笑い界では難しいのかもしれませんが、
霜降り明星の二人の今後の活躍が楽しみですね。


霜降りバラエティも、最近ゴルフやバドミントンの中継で放送休止が多いですが、
長く続いていってほしい番組です!

nice!(165)  コメント(0)